2011年12月4日日曜日

ソーシャル・ネットワーキング・サービスⅠ


私がtwitterとfacebookを始めたきっかけは、「友人に薦められたから」だった。
友人はPCのネットを繋げていなかった。すべてスマホォンからの投稿、閲覧だった。
あなたも呟いている人なの?

「どこがいいの?」と聞くと、友人は答えた。
「会わなくっても元気にしてるんだって、分かるじゃん」
あたりまえのことのようにやってるよ、と言われたその時、少しだけ
置いていかれた感があった。

そうして始めた二つのSNSは、今や私の生活には欠かせない存在となってしまった。


①twitter
◆What's happening?
twitterの投稿スペースには、「今、どうしてる?」とある。
その時自分の感じたこと、思いついたことを、「なんでも呟ける場所」。

「白金のイタリアンでブランチなう」
始める前の私は、「だから?」「で?」と心のなかで呟いていた。
あなたが白金に今居ようが居まいが、遅めのランチでちょっとリッチな蟹クリームパスタを食べようが、
私の生活に、何のメリットも及ぼさないでしょう?
しかしtwitterとは「それ前提」のツールなのだった。

しかし始めて少しすると、どうでもいいことの波のなかにどうでもよくない小波が
混じっていることを知る。
渋谷を経て多摩川方面へ行きたい。何気なく、twitter。
「田園都市線 とまってるなう」
「ダイヤ大乱れなう」
あらら、じゃあバスにしちゃおうかな。

そうして普段はなかなか文庫本を開かないが、朝、習慣的にtwitterオープン。

「愛することは、いのちがけだよ」(太宰治botより)

そうですね、太宰さん。わたしも命をかけて人を愛したいです。
朝から偉大なお言葉が脳内にプットインされ、じわじわ得した気分。
過去の著名人の名言や、バイブル的アニメのキャラクターのじわっと来るセリフを
自動的にツイートしてくださっている方々が多くいる。

「物の重さが、宇宙へ行く前の感覚の2倍くらいに感じる(紙、鉛筆、手帳、携帯電話など)。」
(尊敬する宇宙飛行士古川聡さんご本人ツイートより)
また原発に関するツイート数の多さのおかげで、私自身興味が深まったのも事実。
「東電 「放射性物質は東電の所有物ではない。したがって東電は除染に責任をもたない」
(原発ニュースツイートより)
もともとショートメッセージ用に作られたtwitterはバグを減らす為に生まれた”140文字”。
でもそのたったの140文字に規制されているからこそ、自分の本心の核をぱちぱちと文字に出来る。
ブログのように、飾りは必要じゃなかった。



◆140字×リアル=ちょうどよい加減で、必要な吐き場

制限されたスペースである程度のルールを守り、そのなかで自由を謳歌する。
賛同するも否定するも共有するも転送(RT)するも自由。
「同志」を保つも解除するもまたマイラインに入れるも自由。
すべてはワンクリックに委ねられている。
自分の思いを文字にするという行為が広がる理由は、その「狭い自由」があるからだと思う。
人は自分が可愛いし、しかし仲間はずれにされるとかなしい。
同意を得ると嬉しい。その単純で明快な心理を組み取った恐るべきネットツールが、twitterだった。





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