2011年11月19日土曜日

why?

「なぜ?」と、
ピノキオはジェペットおじさんにしつこく聞いた。
なぜ、と聞くことは、その答えが知りたいから。当たり前のことですが、そうでもない世のなかみたいです。自分で調べなさいと。すぐ「出てくる」でしょう、というわけです。

生活をしていくとなぜだろう、と思われることに多々遭遇する。しかしそれはハードルなんかじゃなく、湧き出るお水のようなもの。どうしてこのひとはこんなに暑いのに長袖を着ているのだろう。どうしてこの人は頭にうさみみをつけて地下鉄に乗っているのだろう。どうしてむじなそばと言うの?なぜ空は青いの?なぜ電柱に頭をぶつけるの?

Why?

Why not me ?

そこにも、そのこたえにも、きっとたくさんのアンサーが在ると思う。
それを受け入れることは、自分のどこか欠如を認めること。それに伴って自分の敵の優位性を認めることでもある。自分の足らない部分を、埋める努力。いっぱいある。そして増える。

人間は、不完全な生きもの。
だから、向上する生きもの。
覚えること。努力をすること。前に進むこと。力強くいようとすること。

あんなにも輝いている人を、
私は別な角度から見てはいけない。

どのみち完璧な正方形にならなくっても、その形に近づく、という気持ちがだいじと思った。
Why?
こたえにくい質問は、するべきじゃない。



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