2011年11月11日金曜日

替わってゆくこと

ひとは替るものだと、だれもがしっている。
私はそれについて、幾ときも考える。朝はあのひとのことを考えて、でもあの人じゃない人と話して笑って楽しくなってしまったら、つぎのひの朝はあの人じゃない人のことを。
そうじゃなければ頑なな心の、熱心さに私は脱帽する。

律して私はここに存在を余儀なくされ空気を吸い、吐きだす。
ああ、明日は晴れるかしら。洗濯をしたい。白い壁を、何かべつな色に塗りたい。

でもきっと塗ることはないことを知っている。
だって賃貸なんですもの。ただの空想の範囲。私は助け舟を求めて、女子のいる場に同席をする。
お腹が痛いわけではないけれど、ただ曇った夜空を一人して帰ると、背後を歩いている足音が気になって仕方ない。安全な日本、凶悪犯罪は今や廃れている。
ただ、替わっていくことは、さみしさを持ち、共感でき、そして向上心の糧となる。

成長の著しい?
人にとって、そんな素晴らしいことはないと思う。
ただその伸びを成長と評価するのは、あくまで第三者だった。
鉄棒遊びをしていると、自然に背骨が伸びると聞いた。なら毎日鉄棒トレをするべきだと。
成長したい。




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