2011年11月1日火曜日

象にまつわる

その昔、奇かいな姿をした男がいた。
人は彼をこう呼んだ。”Elephant man”.
と、いう映画(1980米・英)を観ました。

エレファント・・確かに象さんの鼻のあたりの皺、は美しいものではない。色もダークに近い灰色だし、キリンのような縦に伸びる優雅さはない。エレガント、に言葉は近いが・・
エレファント・・でもなんだかそんなふうな、今風自由の象徴な映像を、私は観たことがあったと思った。思い出した。
”Elephant”(2003米制作;ガス・ヴァン・サント監督作品)。

高校内大量虐殺事件をモティーフに、ティーンエイジャーの葛藤を描いたお話し。黄色いTシャツを着た男の子にちゅうをするポスターが、頭に残っていた。あの頃の私は今頻度よりもっと映画等映像を眺めていたが、私はあまり共感した記憶はなかった。10代の頃の、これ、この気持ちは一体どこに投げたらいいのよ、という叫び声は、思わず枕のしたへ。男の子は金髪にしてみたり、女の子はアイライナーを使ってみたり、レースのついたパンツを買ってみたり。
背伸び、はいいことだ。
でもその叫びのいきどころを、真剣に真剣に悩んだあげく、彼は狂気を持った。

象?なぜ象?

背伸びじゃなく、伸ばした鼻の先に、うつくしい未来があるかしら。
エレファントマンが美しい母の姿を月に重ねる。
フレデリック医師の美しい奥さんに会い、彼は言う。
「こんなに美しいひとに優しく接してもらったのは初めてです」


ひとはやっぱり、「美しいもの」に憧れ、求める。求められた美しいひとやものだってきっと、己よりさらにうえをいく美しいものを憧れとしているのだと思う。

詩編23:4
たとえ深い陰の谷を歩もうとも、わたしは何も悪いものを恐れません。

陰の谷を、彼は歩き続けた。でもその谷を歩くには、何らかの光があったからでは。だいじにロケットに入れてあったうつくしいお母さんの写真。光、はどうしても、うつくしいもの。

0 件のコメント:

コメントを投稿