2011年10月10日月曜日

空き容量

ユニバーサルスペースとはどのようにでもなりうる自由なスペースだとミース・ファンデル・ローエは定義した。その 空間  はフラットな床と天井という二枚の水平面から構成された完全に均質な空間で、その空間を利用する主体が、簡単な間仕切りを使い、自由に家具を配置することによりその空間のキャラクター、ファンクションを自由自在に作り上げていく。物(パーティション、家具)は欲望に屈するが、建築は欲望に屈してはいけないというのがミースの唱えるユニバーサル・スペース(無限定空間)の理念であった。厳選されたより少ないマテリアルにより、より豊かなる空間が作り出されるというそれまでの型に填った空間概念を打ち砕いたと言われている。

この考え方 -内部空間を限定しない -ことで自由に使えるようにしよう- は、
ものづくり(とくに芸術とカテゴリなされる分野)に留まらず概念利用されている。余計なものは取っ払おう、そうしたらその空いた空間に新たな活用法が生まれる。
PCに関しても、私はそのような忠告を受けたことを記憶している。Cドライブの空き容量が減ってくると、動作が遅くなり動きの不安定につながる。はっとした。PCも人と同じ思考を持っているのね。

物事の「空き」を推奨する歌詞で思い浮かんだのが、神アニメ「ドラゴンボールZ」の主題歌、影山ヒロノブさんの歌う「CHA-LA HEAD-CHA-LA」である。歌の後半にこう歌詞がある。

頭カラッポの方が 夢詰め込める


そう、頭(脳内)に関しても「空き」があることにより、その空間に新たなもの(ここでは夢)が入るということ。ぎちぎち脳に、豊かな想像力は湧き出てこない。
素晴らしい歌詞だと思う。

余地、というのは心のゆとり、やスケジュールの空き、とはまた異なるとは思うが、余裕がある、ことはその分新たなものが生まれる可能性を生み出す事なのだ。
 
余白があること → スペースを保つこと →   →
                                ↓
                         ユニヴァーサルスペース

わわっ。
やっぱしこういう材料についてを考えていくと、どうしても行きつくとこはミースの言葉なのだった。

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