2011年10月30日日曜日

お金にまつわる

「LEVEL THIRTEEN」というタイ映画を観た。
仕事がくびになり、弟の学費も入れなければならない、お金が欲しくてたまらない主人公のもとに届いた「13段階のゲームを突破すれば、1億バーツがあなたのものに」という電話。

最初は半信半疑であるが、実に自分の口座に振り込まれるやいなや、犬も殺すし排泄物も飲み込むし、井戸に入り、ミイラを助ける。ここまで極なことを、「お金の為にできるか」。
ただ逆を言えば、お金の為にだからできる、ことばかりかも知れない。ただ地位や名誉や善意だけであれば、そんな酷なことは人はできないように思う。どうしてお金が生まれたの。確かに生きていくにはお金は必要。とってもとってもだいじ。
でもお金の為に、親を殺せる?

ラストで主人公の幼少からの父への憎悪と愛情の境をこんがらがせた感情がこっちにも伝わった。
しかし、現実は、こんなもの。
作り手のあまりの虚無感に、私は反論の一行もみつからなかった。

2011年10月27日木曜日

瞬間、迷い

この世界に生活しているなら、どこかの瞬間にも迷い、どちらかを選択する。選択肢が三つだったとしても、5つだったとしても心の本心で悩むのは結局二つのうちのからじゃないかと思う。
その選ぶ瞬間は流れまかせな場合も、選択の余地のない場合もありえるだろうし、ええいっこれに決めたって場合もある。

2006年の米映画「Little Children」という映画を観た。いたずらなキスから、欲望を隠せない不倫に変わるふつうの男女。おたがい大事にしている家族と家庭がある。
「悪いことをしていると思う?」
挿入しながら、彼は彼女に聞く。
「僕は思うな。悪いことをしている」
しかしその「悪いこと」の発端は、ブラッド(彼)ではなく、サラ(彼女)のほうだった。問題は悪いことと思うかどうか、ではなかった。アメフトのフィールドの上で、サラの洗濯室で。

しかし物語りは、瞬間によって次の瞬間が変わる。その流れがスロウで、ああこれが現実なのね、と。夫の部屋の扉を開ける瞬間。うっとりする話しをして隣の男性を振り向いた瞬間、赤い水着を着て、サンスクリーンを塗って、と言われた瞬間。司法試験を回避する決意をした瞬間、自ら去勢した変態のダイナマイトを目にした瞬間、初めてのスケボーで空中を飛んだ瞬間。
この映画のさまざまな瞬間を、わたしは目撃した。
迷いが、それからの未来を変える。小さいことが、大きいことに繋がっている。だからセレクトミスを悔やむ。

「渇望していたの。」
「彼女は戦うことを選んだ。」

サラの気持ちが、わかるようで、全部は解らなかった。
私はまだまだの人だ。
勉強しないと。



2011年10月25日火曜日

このまま

このままくらくらとした空間を弾かれないまま、私はそっち側へ渡ったり渡きらなかったり。そうしているうちに、ただ単にそれが気持ちのよいこととして、肯定しているだけだった。
そういうふうなときに一気飲みしたくなるのが、クランベリージュース。コーラでもピンクレモネード、でもない。ぐあーっと飲んでしまうため、その勢いが有り余ってしまうため、床に零れる。
しみ、になってしまうでないの。

それが一番怒られる理由。

私はただ、喉を潤したかっただけ。でも違う。色は紫で、クランベリーはレッドだった。
冷蔵庫がミスをおかした。れい、れい、れい、れい。きん、きん、きん、きん。
特に冷やして欲しいのは、牛乳とチーズだけ。牧場のなきごえ。
夜がいつも通りなのか、サンセット大通りなのか。いらついた少年の心のように、イソギンチャクのすばしっこさのように、明日が来るなら来るで、早く日付が変わればいい。


明日は、水曜日。



2011年10月23日日曜日

Wave


We are always swimming in the waves.
Some people can predict the degree of that wave.
I can not make it.
I swallowed a wave,
Sink into the waves to swim wave.
Oops, look at that hat and waterproof watch it again this time.
Because I'm floating towards the top and go for doodling.
Back to the surface.
Today the waves were rough.
I get sleepy.
He is strong.
I feel like he is drunk.
Sandman and waves are very similar.

So what do you think of the wave.
I fawn over the waves.
I want to be alone soon.
You wanted to be one soon, I will do that
Thinking also go swimming in the waves.
But really want to do other work.

Born into this world "WEB" to the dreadfulness of
the system that, today is his witnessing these days.






2011年10月22日土曜日

猫好きの人好き

私は断然犬より猫派。

facebookでお友達になった人が超が三ツつくくらいの猫好きの為、タイムライン上は猫ちゃんの画像で溢れている。FB開いた時点で、にゃーにゃーの声が聞こえてくる。
猫はいい。
すきなときに寝て、すきなときに起きて、すきなときに食べて、
特にお手手をひとさまの手に預けたりしなくても可愛がられる。

ふと思ったことがあった。
猫を好きな人は、「人」を好きなんじゃないかなぁ。それは猫を可愛がる人を、というよりその人が身近で生活をしているうごくものに対して何らかの愛情が感じられたから。
犬の場合、自分に懐く犬を可愛がる。当然だわ。
でも猫は、飼い主にしっぽを振るとは限らない。しっぽのない猫を飼っていた。
私の大好きだったその猫は、生まれたときからしっぽがなかった。
だからママが選んだのだ。
ほかの3匹は川に流された。

長いしっぽに憧れていたのかな。
道路の真ん中に、堂々と寝る猫だった。車とかあまり気にしない猫だった。
かりかりの銘柄を、選ばない猫だった。
にゃあとあまり鳴かないことに長けている猫だった。

名まえは「チロ」といった。



2011年10月21日金曜日

危うさ

最初に申し上げますが、私はロリでも危ない感じでも何でもありません。



朝、私はよく、ある男の子とすれ違います。
恐らく小学二年生位。
その男の子はランドセルをしょって、いつもとてもだるそうに歩いている。
それがすごく可愛いのです。
かわいい顔をしているのですが、その子はいつも斜め45°下を見て歩いている。
夏にはぱんぱんの水泳バッグをぶらぶらさせながら。
けだるそうに。

今朝は、目をこすりながら。
とっても眠たそうで、そのだるさが、すごく愛らしかった。
その愛らしさが、危うさに近いと思った。あやうさ、という言葉を思い出させるこどもっぽさ。
敢えて例えるなら、飼い猫がけだるそうにしている感じ。

その子とすれ違うことができた朝、わたしはすこし、嬉しい。

2011年10月19日水曜日

首振り三年ころ八年


私は津軽三味線を習っている。
と、はっきり言える程演奏は、まだまだまだまだぜんぜんできない。
しかし先週民謡大会に参加をさせていただき、
初めて「生尺八」の「生演奏」を聴いた。

めちゃくちゃ感動した。
響くんですもの。

胸のほうに響くのだ。
擬音が説明不可能で残念なのですが、
口や言葉で説明するものではないように思う。
「本当にいいですね」
と、思わず先輩に言うと、先輩は言った。
「首振り三年、ころ八年よ」

意味はその言葉通り、
尺八を吹くのに、首を振って音の加減ができるようになるのに3年、
さらにころころという
心地の良い音が思い通りに出せるようになるまで8年かかるという意味。
あいた口と目が、なかなか塞がらなかった。

単純計算で11年。
4017日。でもきっとそれ以上。

わたしも、初めてのお稽古日に、先生にこう言われたのを
思い出した。
「三味線は一人前になるのに10年はかかる」

3602日。
あと3298日で、私は一人前として認められるかしら。
私が、人として最も尊敬するK先生に。

2011年10月18日火曜日

Mr.ポスティングとの友好関係を築く

ポスティングされている方が、がしゃんと私の家のポストにチラシを投函する。その瞬間、その横を挟み入って近づくわたし。部屋の玄関に向かう私。当然目が合う。

気まづい。

かなり気まずい。

しかし、向こうも仕事中であることを、私は十分理解している。
その二人にどちらが優位、ということはない。
◆私は一刻も早く家に着地したい。
◆彼は一刻も早くこの世帯のポスティングを終え、次の物件に行きたい。
合致しているようで、していないようで、している。
最良の措置は、無視、かと思う。
いきなしフレンドリーに、「ごくろうさまでーす♥」と言われたなら、向うの方はいらっと来るに違いない。

しかしその気まずさを、どうにか友好的にできないものか。
フェア、であること。条件はそれだけで充分に思う。
ポスティングされる方が、白ヤギの着ぐるみを着て仕事をしたらどうだろう。
そして私がカエルの着ぐるみを着て、家に「帰る」。
白ヤギさんはおてまみを届けるのが日課として認められているし、
カエルはカエルで、家に帰るべき両生類だ。

疑問は湧き出る。
湧き出た疑問発で、そのチラシが読まれたら誰得かという疑問に、白ヤギ得、ではなく白ヤギを雇ったポスティング人材派遣会社に依頼した、おおもとなんだなぁ。
世のなかはそういうヒエラルキーで、もう!
でも、生きてるだけで丸儲け、とさんまさんが言ってたよって、友達が言っていたことを思い出して、
今日は、わたし得。

裏は黒ヤギなり♥


2011年10月17日月曜日

Only on Mondays


今日は月曜日。

月曜日は気が重い。
朝の電車に乗るひとたちもうきうきな顔はしていない。
しかし、わたしの大好きな邦画で「月曜日のユカ」という作品がある。
ユカはめちゃくちゃ可愛い女の子で、
妻子持ちのパパとのデートは、接待で忙しい週中と家族サービスで
忙しい週末ではなく、「じゃああたしは月曜日」と言った。
これってこれって
めちゃくちゃ可愛いじゃないか。
そんなけな気でいじらしさを持った女の子に憧れる。

2001年のフジテレビの「水曜日の情事」というドラマを、
私は大好きで毎週欠かさず見て再放送も見ていた。
つまるところ、不倫の話しなのですが、
ここでは不倫を肯定する主旨なのではなく、
男女には、「その男女間にのみ成立する特別な曜日」が存在する。
それはすごく面白いし、大人になってからのわくわくする取り決め。
(決まっていない場合もあると思うが)。

確かに月曜日をそういう「大人の曜日」と設定できれば、
一週間はハッピーな幕開け。
火曜日はファンデーションが要らない女子も増えるかも知れない。
さらさら、嬉しい一週間になりますように。

2011年10月15日土曜日

浮遊すること

浮遊する

浮遊する

ふわふわと ふわふわと ふわふわと

浮遊する


そして落ちた



そして旋回する


たった何十分か前の出来事だった。




8月に、たった一度だけお会いした方が、
その二週間後位に死んだ。
私の知人の、親しい人であった。
白いベッドの上で彼は、こう言った。
「死んでたまるか。俺はこっから抜け出すぞ」、と。

とつもなく強い、強い生き欲だなと思って、思わず涙が出てきた。
病室を出るまで、病院を出てからも、
彼の強い「生きてたい」欲が、頭から離れなかった。

ふっと何か落ちる感覚にあうと、
その彼を思いだしてしまう。
わたしは、彼の名まえしか知らない。
でも今まで出逢った人間のなかでいちばん、
生きることに対しての貪欲さを感じさせてくれたひとだった。


2011年10月14日金曜日

リンクとシンクロ

わたしはリンクとシンクロをよく間違える。
リンクする=参照する
シンクロする=同期する
ウィキ兄ぃにはそう説明を受けた。

私はよく人の話しを聞いていないと忠告を受ける。「ねぇ、聞いてる?」と話している相手に尋ねられ、
「あらら、ごめんなさい。どっかにシンクロしちゃってたわ」と答え、ああまた間違った、その場合リンクだった、という具合い。少しお付き合いした男性に、「お前と付き合う人はよっぽど寛容な人でないと無理だろう」と言われたことも思い出した。私だって好きでリンクを滑っているわけではぁ、ない。でもごめんなさい。

あなたと合体したい、とゆうぎょぎょっとなるぱち台のCMがあったが、それはシンクロしたい、と置き換えてもOKでしょうか。同期する、とは同意見、賛同する、いっそ、いっしょくたになる。でも思考だけか。いえいえ、シンクロナイズド!英語だった。スイミングだった。ウォーターボーイズだった!でも合体、するわけではなく、やっぱりおんなし行為を、おんなしタイミングで行う、っていう意味か。
うーん。
例えば合同お誕生日会で、二人でバースデイケーキの火をせーの、で消すあれは、「シンクロファイヤーデリート」=SFDとすると、わたしが常に人の話しの最中にどっかへリンクしてしまうダメ行為を、「バッドリンク」=BL
ちなみにバッドリンクという言葉が存在するか検索してみると、「バッドウェア」という語句が出てきた。悪意ありきでユーザの害になる機能のことらしい。
もちろん悪意はないが、私が知らぬ間にまわりの大切なひとびとの”BW”にならないよう、気をつけたい。

2011年10月13日木曜日

セーラー服を脱がさんといて

今さっき、セーラー服のJKをみた。
おっと思った。
っていう完全おっさん視線なのではなく、私は学生時代6年間、セーラー服だった。

でも上京したら、セーラー服の高校生をみない。なぜ?
東京の高校はだいたいにしてブレザー、または私服でなんちゃって制服なのか。都会だ。

セーラー服を脱がさないで、という歌詞を思い出さずにはいられない。
脱がさないで続けて、という意味にも聞こえる。
いいな。制服っていいな。

わたしたちは若い、と女子高生のときの私は豪語していたけれど、
そういうアイテムのなかの、ダントツトップは、やはりセーラー服だった。
セーラー服には、たっくさんの思いでがあるけれど、
こんな枠で、それらを書くことはさすがに出来ない。

2011年10月12日水曜日

満月の夜に思うこと

今夜は満月だった。
幻想的だった。

月、があまりにその淡麗な容姿の為、昔からおとぎ話や神纏わる話しの格好の餌食にされているが、果たしてそれは正しいことか。実は嫌がっているかもしれない。わたしのなかで、月の性格はとてもシャイニング。理由は地球から見える白光りは、太陽光を反射したものだったから。月は控えめな性だと思っていた。

しかし太陽、よりお月様、のほうが現実にはない想像をふくふく膨らませることは納得する。フルムーンに狼男が狼になって悪さをする、だとか、輝夜姫が月に帰国する、だとか。
満ち足りた月、は人のダークな底辺部分(本性?)をひっぺがえす素質があるのか。

だったらわたしは、満月じゃないほうがいい。
いきなり悪に満ちた自分が、血だらけの口元を拭く。怖いじゃないの。
でも大好きな映画、「E.T」の、チャリで夜空を飛ぶシーンは満月だった。ああよかった。満月が悪さを引き出す確立が100パ-じゃなかった。

2011年10月11日火曜日

浴欲

わたしは、一日のうちで一番大事なことはお風呂の時間。どんなに酔っぱらって家に辿り着いたとしてもわたしはお風呂にお湯を溜めている。頑張って入って、そこでうっかり爆眠してしまい、ごぼごぼごぼという自分が水没する途中ではっと目が覚め、ああ生きててよかった、という経験が何十回もある。それはもはやわたしの本能が、お風呂に浸かることを求めているからだと、私は一人暮らしをして初めて気づいた。

欲、の一つなのだわ。

わたしは性欲、睡眠欲、それに食欲はできるだけ欲求のままにさせている。だからあまりストレスというものを感じない。ひとの三大欲と言うのは聞いたことがあるが、わたしはそれと同じ位、「浴欲」を感じる。四権分立。

川に住んだら?
でもそうしてしまうと、きっとふにゃふにゃにふやけてしまうだろうし、きっと陸を求めてしまう。でもかぴかぴに乾いたら、私はきっとまた水のあるところに、「浸かる」を求める。
浸かる、を仕事に出来たら。

わたしの人としてダメな所は常々そんな怠惰な考えを浮かばせている所。

2011年10月10日月曜日

空き容量

ユニバーサルスペースとはどのようにでもなりうる自由なスペースだとミース・ファンデル・ローエは定義した。その 空間  はフラットな床と天井という二枚の水平面から構成された完全に均質な空間で、その空間を利用する主体が、簡単な間仕切りを使い、自由に家具を配置することによりその空間のキャラクター、ファンクションを自由自在に作り上げていく。物(パーティション、家具)は欲望に屈するが、建築は欲望に屈してはいけないというのがミースの唱えるユニバーサル・スペース(無限定空間)の理念であった。厳選されたより少ないマテリアルにより、より豊かなる空間が作り出されるというそれまでの型に填った空間概念を打ち砕いたと言われている。

この考え方 -内部空間を限定しない -ことで自由に使えるようにしよう- は、
ものづくり(とくに芸術とカテゴリなされる分野)に留まらず概念利用されている。余計なものは取っ払おう、そうしたらその空いた空間に新たな活用法が生まれる。
PCに関しても、私はそのような忠告を受けたことを記憶している。Cドライブの空き容量が減ってくると、動作が遅くなり動きの不安定につながる。はっとした。PCも人と同じ思考を持っているのね。

物事の「空き」を推奨する歌詞で思い浮かんだのが、神アニメ「ドラゴンボールZ」の主題歌、影山ヒロノブさんの歌う「CHA-LA HEAD-CHA-LA」である。歌の後半にこう歌詞がある。

頭カラッポの方が 夢詰め込める


そう、頭(脳内)に関しても「空き」があることにより、その空間に新たなもの(ここでは夢)が入るということ。ぎちぎち脳に、豊かな想像力は湧き出てこない。
素晴らしい歌詞だと思う。

余地、というのは心のゆとり、やスケジュールの空き、とはまた異なるとは思うが、余裕がある、ことはその分新たなものが生まれる可能性を生み出す事なのだ。
 
余白があること → スペースを保つこと →   →
                                ↓
                         ユニヴァーサルスペース

わわっ。
やっぱしこういう材料についてを考えていくと、どうしても行きつくとこはミースの言葉なのだった。

2011年10月9日日曜日

ブリ-ジ-

わたしの好きな単語、に、ブリージ―というのがある。
しかし意味がわからない。ただその名前だけをしっている。
ふと思い出してしまった為、ネットで見てみると、ブリージ―さんというバイカーさんたちの情報が上のほうに出てきた。違う。単語の意味を調べると、「そよ風の」だとか「陽気な、」だとかそういう柔らかな心地よい天候の意味が出てくる。違う。

わたしが思っていたブリージ―はもっと悪どい。

デビルのような目つきと容貌。しかし彼は強い。あ?男か?
いや、朝だからちゃんと出てこない。彼はとてつもなくシャイニング。あ?やっぱし男なのか。

ブリージ―はたまに私の脳裏、とくに右脳近郊に出現し、私を虐める。
やめてください、と私は懇願するが、彼は私を痛めつけ、
私は良いアイディアを思いつく。
「そうだ、あまり使っていないmacのうえに、ドイルを置いたらどうだろう」
私はユキヒョウの人形を飼っていて、名前はドイルと言う。(「25時」から頂いた)。
最初は女の子らしくベッドの枕もとに置いて一緒におねんねしていたが、いつも朝になると彼はいなかった。ベッドと壁の間に挟まれ、とても可哀想なめに。
どうしたものかしら、
    ドイルのべスポジは・・・


Dear ブリージ-さま
いつも私に閃きをありがとう

こんなふうに感謝されると彼は今度私の前に現れたときには
もっと私に暴力をふるう。
しかしもっと素晴らしいアイディアをくださるのだ。





2011年10月8日土曜日

おくびょうであること

わたしはどちらかと言うとおくびょう、だと思う。
と自分から進んで発言しているあたりからとんだチキンだ。
チキンにしては、私は焼き鳥屋が好きで、目黒通りの鳥芳というお店によく行く。
感覚友喰いである。そこのつくねが大好き。

チキンの話しは終り。
違う。これからだった。私はどうしても人と話すときにその人が私の敵になるかもしれない、と思ってしまうときがある。動物の真っ直ぐな視線が怖いのだ。視線の先に、その眼球の真ん中に位置しているのが、どうかわたしじゃありませんようにと願っている自分がある。
わたしは子どもが苦手な理由もそこにある。

子どもの視線は真っ直ぐすぎて、私はそのピュアさに逃げてしまいたくなる。
しかし最近、サングラスをしていた私をにやにやして見てくる女の子がいた。歳は4、5歳ほど。女の子はどう捉えても私のことを見ているので、しまった、ぐらさんの中までオミトオシかっ、と焦った私。純粋生物に攻撃する術をしらないわたしは、手がないので同じように、にやっと返してみた。すると、その女の子はもっと大きな口を開けて、白い歯ならびを見せてさっき以上の「にやにや」を返してきた。

完敗だった。
でもその敗北感はとても爽やかだった。


2011年10月7日金曜日

キキへの憧れ


私がジブリ映画のなかでのベストワンは、昔から不動で、
「魔女の宅急便」です。


キキは魔女。
名まえのある魔女で知っていたのが、彼女しかしいなかった為、
私は魔女に対して良いイメージを持っていた。
だから魔女になればほうきで空を飛べるし、
おしゃれなよその町に住み込みで、
なんだかめちゃめちゃ美味そうなミルクのお粥を出してもらえるし、
ジジという可愛い黒猫が飼える。
何より黒い服にでか過ぎる赤いリボンが羨ましかった。


なにかよくないもの-けだもの-闇的なもの-おそらく頭蓋骨とか-を
でっかい鍋でぐつぐつ煮詰めている魔女。
何が怖いって、常時沸騰してる所です。

ぐつぐつぐつぐつ
ぼこぼこぼこぼこ

彼女の目的はわかりません。
でも彼女は黒い服は確かに着ていたけれど、赤いでかリボンは
装着していなかった。
あれが可愛いのだ。キキは。

でかいリボン、という点で現実的に思い浮かべるのは、辻ちゃん。
モーむす時代に彼女が二児のママになるなんて想像もしなかった。
でも辻ちゃんはピンクのイメージ。
色が「赤」に意味がある。

ナウシカを好き、という男の子は意外と多い。
しかし魔女の宅急便に関してはフェイバリットムービーの内に入れている
男女比は、圧倒的に女子だと思う。
「女子感覚的」にうっと掴まれる映画なのだ。

いいなっと思うシーンは沢山あったけれど、
ジジが話せなくなって他人行儀になったときが、わたしは一番かなしかった。

2011年10月5日水曜日

ミロちゃん


上京してからミロちゃん(今つけた仮名)という子と出逢った。


ミロちゃんはすごくちっちゃくって、やせっぽっちで、「りす」だった。






りすというのは、事実りすのこと。


よくミニマムで可愛らしい女の子を小動物っぽい、と形容されることがある。


しかしミロちゃんは完璧りすだった。


つねになにかをもごもごしていた。(しかもナッツ類率高)






ミロちゃんは常にお腹を空かせていて、何かぽりぽり系だったり


チョコレートだったりを見つけるとすぐつまんで口に持っていってた。


「さっきサンドイッチ食べてなかった?」


「食べた」


ミロちゃんはそのくりくりとしたおめめをぱちぱちさせて、そう答えた。


彼女はめちゃめちゃ可愛かった。






ミロちゃんはそのちっぽけな体の割に、聖歌隊のような声量を持っていた。


歌を(中島美嘉のバラード等)を歌う彼女の声の量を初めて聞いた私は思わず聞いた。


「ミロちゃん、その声は一体どっから出てくるの?」


「腹から。」






私は彼女とそれほど親しかったわけではない。


しかし、「秋」に入ったいま、私は彼女を思い出す。


「どんぐり」はさすがに食べていなかったが、


もしミロちゃんがぼりぼり食べているものがどんぐりだと知っても、


さして驚かない気がした。

2011年10月4日火曜日

sweet point

私はアイスクリームを朝食にしていた。
だがここのところ、寒いので、バナナにしようとした。
うちの母はバナナという食べ物を尊崇しており、「あれほどパーフェクトな食べ物はない」と言い切っていた。確かにすぐ消化する、すぐ剥いて食べられるし、味も申し分ない。早い安い美味いとの見解で間違いない。

私もバナナラブだ。特に腐る手前の、黒い斑点がぽつぽつしてきたあたりがどストライクだ。あれを「シュガースポット」と言い、あるかないかで、免疫増強効果が8倍も違うとの事。熟成、のシグナルだそう。私はそのシュガースポット、という名前を以前から聞いて知っていた。しかし、ある先輩とバナナの斑点の話しになったときに、その先輩は自慢げに言った。

「スウィートポイントでしょ?」
可愛い。間違ってるけど合ってる。そっちのほうが可愛い。
シュガーポインツ、もありだ。

何が言いたいかというと、バナナ様は優等生ながら、可愛さも兼ね備えている、ということ。
バナナハンガーにぶら下がった彼らがダルメシアンになる頃が、食べ頃ということ。そして私がクルエラになって彼らを一本一本剥がし・・・逆だ。バナナちゃんの場合、中身が必要なのだった。芸人さんでも何でもないわたしは、皮に用はない。







2011年10月3日月曜日

宇宙限定娼婦

妄想の時間です

ある知人が死ぬ前にしたいこと、という話題で「宇宙飛行をしたい」と言ったので、私は「頑張ってください」と応援の意を伝えました。すると彼はぽつりと言いました。
「しかし、あれだね。宇宙で性欲はどう処理するんだろうね」

私は考えました。まづ空気がおかしい。地球と、一緒、ではない。地球上と全く同じ行為は出来ない事と思う。
「宇宙空間では、性欲が沸き起こらないんじゃないでしょうか」
「いや、人間から性欲は奪えない」

彼は妄想を膨らませ始めた。
「もしかして、報道されていないだけで、向う空間の方がそっちが充実しているかもしれない」
彼に押されて私も少しずつ、妄想を膨らまし始めた。
アクロバティックさが充実?だって体が軽いんですもの。ウォーターボーイズなんてメじゃないわ。
イッツフリーワールド?寧ろ異星人と、そういう行為ができるかもしれない。
私はショッキングピンクのオクトパスが現れた時点で一度それらを中断させた。その時、知人は閃いたように、私にこう言った。

「君、宇宙で娼婦をやったら?そういうビジネスを始めたら?」


彼の妄想に、私はついて行けなかった。悔しかった。


背中の魅力

女性が、男性に聞かれて困る質問の一つに、「どんな男性がタイプですか?」というクエスチョンがある。私はこう答える。
「自分に自信のある人」。そして、「お背中の魅力的な人」。
お背中、とは文字通り背中のこと。何も天まで登り立つ龍や××滝に逆らう威勢良い鮭があることを指しているわけではなく、後姿のこと。バックが美しい人は、その人を魅力に感じる。

という話しのわけは、先日、銭湯でこんな光景を見かけたからである。
30~40代くらいの女性が、ご年配の女性の、背中を流していた。黄色いタオルで、円を描くように。
なんてことは無い光景かもしれないが、湯船に浸かりながら私はその佇まいに見入ってしまった。あら、なんだか美しい。そしてその流している女性が、そのご年配の方に敬語を遣っていたので、恐らく他人なのだと思った。背中とは自分の視界と真逆な位置にある為、気を許した人にしか預けることができない。おばあちゃんは、血つながらぬ優しき女性に、バックを預けたことになる。相思相愛という美学に通ずる気がする。

背中は語る。
おやじの背中。エースの背番号。見返り美人。バックシャン。背中子泥棒(いねーか)。
後ろ姿が疲れている人は、その周りの空気が重たい。早朝の山手線に多く生息しとる。
対して後姿がしゃんとしている人は、私はその人に付いていきたくなる。
駅裏のラーメン屋の頑固おやじの背中?
きっと汗びっちょりで、でもそれはめちゃくちゃかっこいい。その背中を見たあとなら、妙に黒ばんだ割り箸だって気にせずに割るだろう。

2011年10月2日日曜日

お酒の魔力

「お酒の力を借りて」ほにゃほにゃ、という言葉づかいが在る。
私も実は「その力」をレンタルしてしまう人である。私は人見知りと、緊張しいな部分があり、お酒の力を借りると素直にしゃべることが出来る事を否めない。
私の父もそういうタイプで、普段無口なのにアルコールが体にインした次の瞬間から、父は饒舌化する。

アルコールは恐ろしい。その力のせいで、私は前歯を欠けたし、何度も地球と喧嘩した。自転車も無くしたし、何度も血を流した。
しかし、また借りてしまう。
たまに「お酒は飲めないけれど、お酒の場が好き。だからそういう飲み会には参加するわ」という方もいる。そういう方はうらやましい。きっと翌朝にあの取り返しの突かない頭痛と、天井が回っているという奇怪な光景に遭遇しなくて済む。
しかし、また借りてしまう。

お酒が齎す効果には、ストレスの解放、催淫効果、本能の解放、といったものがあるというのは聞いたことがある。本能?解放させてっ、と願う本能ちゃんは、アルコールの逆襲を見ているはず。ということは、あんな失敗をしてもう飲まないと誓ったのにまた飲んでしまうそのアクドイ循環は意地の悪い本能がそうさせているのか。本能を勝手にSなイメージとする。私はその本能ちゃんに逆らえない。
よって、また借りてしまう。

素面、という言葉には美しさが感じられない。
私はいつからこんな大人になってしまったのだろう。アルコールの入った世界はすこしきらきらして見えることもある。それはきっと物理的に言うと、入ってないときに比べ確然として視力が薄れている為で寧ろ実際には歪んでいるはずなのに、あまり細かいことは気にしなくて済むという、「嘘っこの世界」。
私はいつからこんな大人に?

しかしいいこともある。人間、素直というのは大事だ。素直じゃないな、と思われたら女の子として負けな気がする。「酒は飲んでも飲まれるな」。ええ、その通り。でも飲まれる。飲み込まれる。お酒に、ではなく、アルコールの入った、空気に。なぜかというと、奴らはめちゃくちゃ偉大で信長もびっくりするような破壊力と、セクシーさを持ち合わせているから。