2011年9月29日木曜日

「努力は能力を超える」

中学校の時の部活のM先生がよく私たちに掛けた言葉だ。
部活動が嫌だった私は、努力をしていなかった。私たちの学年はすぐに敗退した。

努力をする、とは好ましい結果の為に、自分の全力を傾けること、とある。全力とは文字通り、ありったけの力、を意味する、とある。私はどうにか楽を出来ないかということに全力を注いだ。努力をしないことに、努力していたことになる。応援しがいのない選手だった。

私は高校野球を観る。甲子園に少量の涙する。そしていささか胸がちくりとする。それは中学校の頃の私のせいである。私はこの選手たちみたいに、全力プレーをしていなかった。白い球、土で汚れ茶色ばんだ白い球を、画面のなかの選手たちは全力どころか全力以上を出してプレーしている。私は見えない穴に、隠れ逃げたい気持ちになる。申し訳なくてしょうがない。

もしM先生が私のことを覚えていらしたら。私はさらに深い穴を探さなければならない。
それより先に、「生涯努力する」ことをみつけたい。そのあと、自分の声で、努力は能力を超える、と発音したい。

0 件のコメント:

コメントを投稿