2011年9月12日月曜日

夏の終り

今日、夏が終った。

私はそう思いました。
十五夜だそう。お月様にいるうさちゃんの存在は、日本だけではないと聞いた事がある。
お月みたいな幻想的な、でもそこにちゃんと存在しているもの。
いくら人間の技術が、日進月歩、日進月歩でアンビリーバボウで優れたものに進化してきているとはいえ、宇宙空間に存在しているものには適わない。規模が違う。目指すことも意味がないと思う。

おとといの蝉。


暑い暑い暑い日の真昼でした。
蝉の鳴き声を聴くと、私は人間に生まれてよかったと思ってしまう。
実家で猫を飼っていた。
夏になると、リビングで蝉の鳴き声がするので、見渡してみると、猫が蝉を半殺しにして持ってくるのだ。猫は飼い主に、自分のハンター振りを褒められたい性質があるらしく、「生きたまま、持ってくる」のだ。スズメや虫の時もあった。
やがて蝉のあの鳴き声は泣き声になり、亡き声になった。
しかし猫も狩猟民族であるので、本気で叱るわけにもいかない、と母は言った。

「蝉は一週間しか生きられないのよ」
という短命伝説が有名だが、どうやらそうとも言い切れないらしい。
人間に飼われた場合飼育困難で、約一週間の命という。野外で夏を過ごす蝉はおよそ一か月の夏という人生(蝉生)を満喫する。

そうしてもう一つ新しい言葉をみつけた。
蝉は不完全変態をする昆虫だということ。
完全変態とは、以下の形で変態する昆虫のこと。
★卵→孵化→幼虫→孵化→蛹→羽化→成虫。★
その虫の変態模様を施すよいうになった理由の一説としては、古生代の寒冷期という悪環境を乗り切るため、だと言われているそう。
虫こそ自分の種の存続に文字通り命を懸けているのだ。
人間もよく未熟な位置でいることを蛹、だとか卵、だとか表現するが、その「蛹」でいるときが重要な役割を果たしているのだった。


でも、
でも、せみにはなりたくない。
人間でよかった。

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